大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)1050号 判決

被告人 林[金白]淳

〔抄 録〕

検察官の論旨は、原判決が、「被告人は法定の除外事由なく且つ運輸大臣の許可を受けないで昭和三十六年十一月九日午後十時四十五分頃東京都渋谷区国際通り附近道路においてその使用する自家用乗用自動車第五れ〇四六六号に泉徹志外一名を同都港区虎の門附近まで運送賃後払で運送する契約の下に乗車せしめ之を同都港区芝琴平町八番地附近まで輸送しもつて右自動車を有償にて運送の用に供したものである」との本件公訴事実に対し、被告人が右日時頃右場所で右自動車に泉徹志外一名を乗車させたことは認められるとしながら、被告人が有償で泉徹志等を乗車させた事実を認めるに足りる証明が十分でないとして無罪の言渡をしたのは、証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものであると主張するのである。

よつて被告人がその自家用自動車を泉徹志等の運送の用に供したのは有償でなしたものかどうかの点につき案ずるに、原審において適法な証拠調を経た泉徹志の司法巡査に対する供述調書中、昭和三十六年十一月九日午後十時五十五分頃渋谷国際通り純喫茶「まな」前で白ナンバーの乗用車に乗つた、「まな」を出てタクシーを探したがなかなかなく、そこへ一台の自家用車が来て私と友人石黒弘子の前でとまりかけたので、白タクだなと思つて手を上げたところ、その自家用車が私達の前を通り過ぎ五メートル位の処でとまつたので、私が自動車のドアーをあけて石黒弘子を先に乗せ、自分が後から乗り込み、ドアーをしめるとともに「虎の門までやつてくれ」というと、運転手は黙つて走り出した。運賃はその時決めなかつたが、石黒弘子を虎の門まで送り届け自分は新橋まで行くつもりだつたから、新橋まで行つたら当然支払うつもりだつたとの趣旨の供述記載及び同じく被告人の検察官に対する供述調書中、昭和三十六年十一月九日夜渋谷国際通りから、若い二づれのアベツクを虎の門までの約束で乗車させた。料金は大体二百円位もらうつもりであつたが、目的地に着いたばかりで捕まつたので料金はまだもらつていない。自分は薬品のブローカーをして一時は景気がよかつたが、同年六月頃から貸倒れができて何とか挽回しようと努力したがうまくいかず、車の月賦三万円の返済に困り、運輸大臣の許可を受けずに営業タクシーと同じように料金をもらつて乗車させ目的地まで運ぶことは、白タクといつて違反になることは承知していたが、銀座周辺で白タクをやれば客種もよいしもうかると聞いたので、同年九月中旬頃から新橋土橋あたりで白タクをして、夜九時頃から十二時頃までに客を乗せ料金をもらつており、一カ月一万五千円前後の純益があつたが生活費や月賦金の一部に全部使つてしまつた。十一月九日夜白タクをしていたことは間違いなく、乗せた客は見ず知らずの他人であり、料金をもらうつもりでいたことは間違いないとの趣旨の供述記載を併せ考察すると、被告人は泉徹志から同人及び石黒弘子を虎の門まで運送してもらいたいとの申込を受けてこれを承諾したのであるが、これによつて成立した合意には、暗黙のうちに下車の際現金で運送の対価を授受すべきことを含んでいたものと認められるのであつて、結局被告人と泉徹志との間には、有償で運送する旨の黙示の契約が成立していたものというべきである。そして道路運送法第百一条第一項は、その但書所定の場合を除き、運送前又は運送中に現実に運送の対価の授受を了した場合のみならず、運送終了後その対価を定めてこれを授受する契約で自家用自動車を運送の用に供する行為をも禁止したものであり、その契約は本件のように黙示的に成立していても足りると解すべきである。

してみると原判決は法令の解釈適用を誤つたか、又は証拠の採否を誤まつて事実を誤認したものというべきであり、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

(長谷川 白河 小林)

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